東京高等裁判所 平成12年(ネ)929号 判決 2000年8月29日
控訴人(原告) X1
控訴人(原告) X2
控訴人(原告) X3
控訴人(原告) X4
右四名訴訟代理人弁護士 神山美智子
同 荒川晶彦
同 大迫恵美子
同 木村裕二
同 佐々木幸孝
同 山本政明
控訴人(原告) X5
右訴訟代理人弁護士 池末登志博
同 柿沼祐三郎
被控訴人(被告) ニチダン生命保険株式会社(旧商号 日本団体生命保険株式会社)
右代表者代表取締役 A
被控訴人(被告) 佐野商工会議所
右代表者会頭 B
右両名訴訟代理人弁護士 遠藤誠
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、連帯して、控訴人X1に対し、金一六五〇万円及びこれに対する平成八年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、連帯して、控訴人X2に対し、金一六五〇万円及びこれに対する平成八年五月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人らは、連帯して、控訴人X3に対し、金二四三〇万円及びこれに対する平成八年九月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人らは、連帯して、控訴人X4に対し、金二〇九〇万円及びこれに対する平成八年四月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
6 被控訴人らは、連帯して、控訴人X5に対し、金七七〇万円及びこれに対する平成八年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人ら
控訴棄却
第二事案の概要
一 控訴人らは、被控訴人佐野商工会議所(被控訴人会議所)の会員、元会員又はその家族であった者であり、被控訴人ニチダン生命保険株式会社(被控訴人会社)の保険外務員であったCの勧誘により、年金会オレンジ共済組合(オレンジ共済)に加入し、オレンジスーパー定期又はオレンジスーパーファンド(オレンジスーパー定期と総称する。)に金員を預けた。オレンジ共済の倒産により、控訴人らは、右預託金の返還を受けることが不可能となった。本件は、控訴人らが、Cはオレンジスーパー定期が銀行等の定期預金と同様に安全性が高く、かつ、被控訴人会議所が関与しているものであると虚偽の事実を告げてオレンジスーパー定期に金員を預けることを勧誘した、被控訴人会議所は実質的にCの雇用者であった、そうでないとしても、Cが被控訴人会議所の名を使うことを許したと主張して、被控訴人らに対し、それぞれ民法七一五条の使用者責任に基づき、被控訴人会議所に対しては予備的に商法二三条の名板貸人の責任に基づき、控訴人らがそれぞれオレンジスーパー定期に預けた金員及び弁護士費用と同額の損害賠償金とその遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は、控訴人らの請求をいずれも棄却したので、控訴人らが不服を申し立てたものである。なお、控訴人らは、当審において、被控訴人会議所の名板貸人の責任につき、被控訴人会議所が被控訴人会社に対し名板貸しをしたとの主張を追加した。
二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人らの当審における主張)
1 C及びD(平成七年一二月まで被控訴人会社に勤務していた。)には、次のような不法行為があった。
オレンジ共済はEが創設し、オレンジスーパー定期事業は同人やその妻らが考案したものである。しかし、Eらは、資金的準備もなく、顧客から受け入れた金員を運用する計画も全くなく、これを選挙資金や負債の返済資金に流用するつもりであった。Eらは、返済の意思も能力もないのに、高利をうたい文句にして、顧客に安全有利な預金と誤信させ、オレンジスーパー定期の名の下に金員を集めたものであって、オレンジスーパー定期事業は全くの詐欺商法であった。
Dは、オレンジ共済の代理店となってオレンジスーパー定期の募集を行い、Cはそれを手伝っていた。CやDは、控訴人らにオレンジスーパー定期を勧誘するに当たっては、その適法性や資金運用方法を調査確認すべき義務があったが、それを尽くさず、詐欺商法に加担した。したがって、C、Dの勧誘行為は、不法行為に当たる。
2 C、Dは、被控訴人会社の従業員であり、同人らのオレンジスーパー定期の勧誘行為は、被控訴人会社の事業の執行につき行われたものである。したがって、被控訴人会社は、C、Dの行為につき使用者責任を負う。
C、Dは、被控訴人会社佐野営業所の従業員であった。しかし、同営業所は、被控訴人会議所の建物の一階にあり、「佐野商工会議所共済制度事務室」との看板が出ていた。また、Cは、「佐野商工会議所共済課」との名刺を使用していた。このように、被控訴人会社では、従業員を被控訴人会議所の職員であるように見せかけ、共済、生命保険等の勧誘、申込受付け、給付手続等を行わせていた。
オレンジ共済という名称は、被控訴人会社の事業として勧誘した生命保険や医療保険プランと類似しており、オレンジスーパー定期の勧誘は職務と相当の関連性を有していた。また、CやDは、被控訴人会議所の名で権限外に右勧誘を行うことが客観的に容易であった。したがって、C、Dのオレンジスーパー定期の勧誘行為は、外形上の職務行為に該当する。
3 C、Dは、被控訴人会議所の職員でもあった。同人らのオレンジスーパー定期の勧誘行為は、被控訴人会議所の事業の執行につき行われたともいいうる。したがって、被控訴人会議所は、C、Dの行為につき使用者責任を負う。
団体生命保険の募集、勧誘に関する限り、被控訴人会議所と被控訴人会社とは、相互に利用しあい、事実上一体化するに至っていた。すなわち、右のような保険の募集、勧誘は、被控訴人会議所の業務又は被控訴人会議所と被控訴人会社の共同業務であった。したがって、C、Dが「佐野商工会議所共済課」職員として団体生命保険の募集、勧誘を行っていたとき、実質的にも会議所職員として業務を行っていたものである。
4 被控訴人会議所は、被控訴人会社の取引上生じた債務について、商法二三条の名板貸人の責任を負う。
2のとおり、被控訴人会社の営業につき被控訴人会議所が営業主であるとの外観があった。そして、被控訴人会議所は、被控訴人会社がそのような外観を作出することを認めていた。控訴人らがCを被控訴人会議所の職員と誤認することに重大な過失はなかった。
5 原判決は、控訴人らが、オレンジスーパー定期が被控訴人らと関係がないことを知っていたか、容易に知りうるのに過失により知らなかったと認定したが、これは事実を誤認したものである。
控訴人らが、C、Dを被控訴人会議所の職員と思っていたからといって、オレンジスーパー定期が被控訴人会社と関係がないと知っていたといえるものではない。控訴人らは、オレンジスーパー定期はCやDの雇用者が行っているものと認識していた。雇用者が被控訴人会社であるなら、被控訴人会社と関係があると思っていたのである。
C、Dの、控訴人らに対しオレンジスーパー定期が被控訴人らと関係がないと説明したとの供述は、自己の責任を免れようとするもので、信用できるものではない。パンフレットの記載や郵便局からの送金だけでは、オレンジスーパー定期が被控訴人会議所と関係がないと気づく契機とはならない。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 事実の経過について
<証拠省略>によれば、本件の事実の経過として、次のとおり認めることができる。
(一) 被控訴人会議所は、商工会議所法によって設立された非営利法人であり、地区内の商工業者の利益を図るとともに、社会福祉の増進に資することを目的としていた。被控訴人会議所は、その目的を達成するため、相談サービスを行ったり、融資制度を設けていたほか、退職金共済制度、火災共済制度、医療保障、死亡保障(生命保険)等各種の共済制度を設けていた。
被控訴人会社は、生命保険業を目的とする会社であり、被控訴人会議所の共済事業につきその委託先となっていた。すなわち、被控訴人会議所の会員は、被控訴人会社と個人単位で契約する場合よりも有利な条件で直接保険契約を締結することができた。また、被控訴人会議所が保険契約者として保険者である被控訴人会社と締結した保険契約(団体定期保険)を利用することもできた。
(二) Cは、昭和五八年八月から平成八年八月まで、被控訴人会社佐野営業所の保険外務員であった。Dは、平成七年一二月まで、同営業所の保険外務員であった。Dは、同営業所に勤務している間、Cの部下であった。
(一)のように共済事業の委託を受けていたことから、被控訴人会社佐野営業所の事務所は、被控訴人会議所の建物の一階を賃借しており、「佐野商工会議所共済制度事務室」との表示がされていた。
(三) 平成七、八年当時、控訴人X1は、自動車販売・修理業を営んでおり、被控訴人会議所の会員であった。控訴人X2は、その妻であった。控訴人X1及び同X2は、被控訴人会議所の共済制度に加入していた。
控訴人X3は、昭和六〇年に死亡した夫が被控訴人会議所の会員であった。夫は、被控訴人会議所の共済制度(生命保険)に加入していたため、その死亡時には、死亡保険金が支払われた。
控訴人X4は、夫の経営する電気工事会社が被控訴人会議所の会員であった。同控訴人、その夫及び従業員は、被控訴人会議所の共済制度に加入していた。
控訴人X5は、平成七年に死亡した前夫が被控訴人会議所の会員であった。同控訴人やその前夫は、被控訴人会議所の共済制度に加入していた。
控訴人らに共済制度(生命保険)への加入を勧誘し、又は控訴人らの生命保険に関する業務を担当していたのは、Cであった。
(四) Dは、平成六年七月から、被控訴人会社に勤めるかたわら、オレンジ共済の代理店となり、オレンジスーパー定期の勧誘を行っていた。Dは、Cに対し、被控訴人会議所の会員に対しオレンジスーパー定期を勧誘してくれるよう依頼した。
Cは、被控訴人会議所の会員、元会員又はその家族の何人かにオレンジスーパー定期の勧誘をしたが、興味を示した者に対しては、Dを同道して説明をさせた。
C、Dの勧誘により、控訴人X4は、平成七年四月にオレンジスーパー定期に二口に分け合計一八〇〇万円を預けた。これは、翌年、約定どおりの利息を付けて返還されたため、控訴人X4は、平成八年四月二五日、オレンジスーパー定期に一九〇〇万円を預けた。
同じく、控訴人X3は、平成七年七月、オレンジスーパー定期に二二〇〇万円を預けた。これも、約定どおりの利息をつけて返還され、控訴人X3は、平成八年九月三日、オレンジスーパー定期に二二一〇万円を預けた。
さらに、控訴人X2は同年五月一三日に一五〇〇万円、控訴人X1は同年五月二二日に一五〇〇万円、控訴人X5は同年六月二七日に七〇〇万円をそれぞれオレンジスーパー定期に預けた。
2 オレンジスーパー定期の事業主体について
そこで、控訴人らがオレンジスーパー定期の事業主体を、被控訴人会社又は被控訴人会議所であると誤認した事実があるか否かを、検討する。
(一) 金銭の受入主体及び金融商品としての性質
Cは、生命保険会社の保険外務員であるから、従来勧誘していたのは、被控訴人会社の生命保険である。その中には、死亡による遺族の生活保障の趣旨のもの、本人の老後の生活保障の趣旨のもの、貯蓄型のものなどがあったが、基本的には生命保険に限られた。また、保険契約者となった者には、被控訴人会社名の保険証券(甲一八の一・二)が交付された。仮に、Cを生命保険会社の保険外務員であると明確に認識していなかったとしても、Cが勧誘する商品が生命保険会社の保険であることは明らかであった。
これに対し、オレンジスーパー定期は、金銭を預かる主体はオレンジ共済という被控訴人らとは別のものである。預ける主体となるためには、二〇〇円という低額ではあるものの、入会金を支払ってオレンジ共済の組合員となる必要もあった。勧誘されている商品は、スーパー定期という銀行の預金と同じ(実質は同じでないにせよ)と説明される商品であった。
このように、金銭を受け入れる主体、勧誘されている商品の金融商品としての性質において、オレンジスーパー定期は、生命保険とは大きく異なる。
(二) 書面の表示
そして、この違いは、勧誘のためのパンフレット、申込書、契約締結後に交付される書面においても明らかであったものと認められる。
すなわち、<証拠省略>によれば、Cが従来勧誘していた保険では、パンフレット上に、商工会議所の共済制度であることが明示され、表紙又は裏表紙には、委託先として被控訴人会社の名称が記載されているほか、団体定期保険の団体名などとして被控訴人会議所の名称が記載されていた。また、契約申込書にも、団体名として被控訴人会議所の名称が記載されるか、申込先として被控訴人会議所の名称が被控訴人会社の名称と並記されていた。
これに対し、<証拠省略>によれば、オレンジスーパー定期では、パンフレット上にも、また、「年金会並びにオレンジ共済加入申込書」「スーパーファンド契約書」等の契約書にも、オレンジ共済の名称しか記載されていなかった。そして、契約成立により、オレンジ共済の名称のみが記載された「オレンジ共済加入証書」、「オレンジスーパーファンド証書」が交付された。以上の事実が認められる。
(三) 主宰者についての宣伝文句
また、<証拠省略>によれば、オレンジスーパー定期の勧誘文句として、高利であることとともに、主宰者が国会議員であるから安全ということがあったものと認められる。国会議員を宣伝文句とすることは、被控訴人らの事業では、通常は、考えられないことである。
(四) 金銭の支払方法
そして、両者は、金銭の払込方も異にした。<証拠省略>によれば、月々の生命保険料は、各人の銀行口座から被控訴人会議所名義の口座に振り込まれ、その後、被控訴人会社に支払われる方法、すなわち、被控訴人会議所経由で支払われる方法が採られていた。それに対し、オレンジ共済に対しては、各人から直接払い込む方法が採られたものと認められる。
以上(一)から(四)までの事実によれば、控訴人らがオレンジスーパー定期の事業主体を、被控訴人会社又は被控訴人会議所であると誤認したとは考えられず、誤認した旨の控訴人らの主張は採用することができない。
3 保険外務員が保険金の運用先を紹介する行為について
控訴人らは、保険外務員が顧客に対し、保険金の運用先として他社の商品を紹介する行為も、生命保険会社の業務であるかのように主張する。
しかしながら、生命保険会社自体の商品や提携して販売する旨表示された商品であれば、顧客がその商品の安全性を当該保険会社が保証していると考える可能性がある。しかし、そうでないのに、そのように考える可能性は認め難い。そうであるとすると、保険外務員による他社の商品の紹介は、結局、顧客にとって保険外務員個人の商品知識の利用にすぎず、したがって、そのような紹介は、保険会社の業務であると認めることはできない。
4 被控訴人らの使用者責任の有無について
以上2、3で検討したとおり、Cらの行為は、被控訴人らの業務とは認められず、控訴人らがそのように誤認した事実も認められない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人らは被控訴人らに対し使用者責任を追及することはできない。
5 被控訴人会議所の名板貸しの責任の有無について
1で認定したとおり、被控訴人会社佐野営業所には「佐野商工会議所共済制度事務室」との表示がされていた。また、<証拠省略>によれば、Cは、被控訴人会社から支給されて「佐野商工会議所共済課」と肩書が記載された名刺を使用していたことが認められる。
しかし、これらの点は、被控訴人会社又は個々の保険外務員が、委託された共済業務を円滑に進めるためのものにすぎず、生命保険契約の契約当事者自体に変更はないものである。
したがって、このような表示を黙認していたとしても、被控訴人会議所がCに対し保険契約の締結自体につき被控訴人会議所の名称の使用を許したとは認めることができない。被控訴人会議所は、Cに対する名板貸しの責任を負うものではない。
なお、被控訴人会社に4のとおり使用者責任が生じない以上、被控訴人会議所は、被控訴人会社に対する名板貸しの責任も負うものではない。
二 したがって、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は、結論において相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 江口とし子)